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住所不定、東京インティライミ

社会人生活のこれまで④-証券リテール編-

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社会人生活のこれまで②-新卒就活- - tokiohayley's blog

社会人生活のこれまで③ー学生時代編- - tokiohayley's blog

 

社会人生活のこれまでシリーズの続きを書こうと思います。

2012年、真夏の昼下がり。

月曜日がすぐそこに迫ってくるあの感じ…

4年前のちょうど今頃、現実にうなだれていた自分が蘇り、

ようやくこの続きを書こうという創作意欲が湧きました。

 

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 2012年4月。

リーマンショックやデフレ不景気の影響を残したまま、

東日本大震災があった年に就職活動を終え、

なんとか入社したのが日系の証券会社でした。

全国転勤有りの総合職として入社し、

証券外務員を取得して社会人になれたのでした。

 

過去の記事でも前述したように、

業界研究もろくにしないまま決めてしまったので、

「よくわからないけどとにかく辛いらしい」ということしかわかりませんでした。

研修中も怒鳴り声は何度も聞きましたが、

辞めたいと思うほど辛いことはありませんでした。

 

東京での研修を終えて、配属になったのは地方のとある支店。

 

…このあと翌年の夏に辞めるまで起こった強烈な出来事や感じたことは、

気が向いたら(あるいはリクエストがあれば)書こうと思います。

今回の記事では辞めた理由と、前回の記事にできるだけ関連させた内容にします。

 

 

●辞めた理由

 ・キャリアパスが望めない

せっかく総合職で入社したのに、社員のほとんどは一生営業職で、

本社部門へ異動できても長くいられる可能性は低く、

何より異動できる可能性はほぼゼロに近いということが入社してわかりました。

 一生足を稼いで数字をあげる営業をずっとやりたいとは思えませんでした。

 

 

・やればやるほど迷惑をかける

コンプライアンスぎりぎりの方法で、収益を荒稼ぎしている現状があります。

バレなければ何をやってもいいというのも過言ではないほど。

成績が良ければいいほど汚い手を使っているというのがよくわかりました。

もちろん営利企業なので多少の汚いことも必要ですが、

それにしてもやりすぎです。

私の支店にはいませんでしたが、訴えられて裁判所に通う証券マンも世の中には存在します。

一時期成績が良かったときもありましたが、

表彰式に行っても何も嬉しくなかったのを覚えています。

新規のお客様を作ってもいずれ迷惑をかけてしまうことは明白で、

いくらお客様の「自己責任」だとしても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

※個人の体験談であり、すべての証券会社の説明ではありません。 

 

・精神的に限界

辞めるころにはすっかり働くのが怖くなっていました。

電話の音やバイブレーションがひどく不快で、マナーモードにしたらバイブレーションもなくして、実質サイレントモードになるように切り替えました。

 トイレで過呼吸になって泣いていたらビルの掃除のおばさんに声をかけられて、

彼女たちの控室でしばらく横になっていたことがありました。

テレビがうるさく感じるようになり、休日も仕事のことが頭から離れません。

両耳は外耳炎を発症し、膿んでしまい、

毎日死にたいと思っていました。

翌年の春には喉の奥にボールが詰まったような不快感に苛まれ、

呼吸が苦しかったです。

 

 

・倫理道徳観が崩壊していく

人を人だとも思わない文化がありました。

そうでもしないと収益をあげられない。

ここまでしないと会社が成り立たないのならば、

収益モデル自体に無理があるのではないかとも思います。

お客様のことをジジイ、ババア、バカなど言いたい放題。

全員ではありませんが、高給取りが必ずしも人格的に優れているとは限らないという現実を理解しました。

また上司も部下に対して、「メクラ」呼ばわりしていたこともありました。

私はもちろん呼び捨てか、「お前」と呼ばれていました。

いつの間にかそこに順応して、言葉が鋭くなっていく自分が嫌になっていく。

一番の問題は会社を一歩出たプライベートの場でも、人に対して不誠実になっていってしまうということでした。

 

 

・上司を尊敬できない

上司が圧倒的に勉強不足でした。

収益を稼ぐこと以外に目がなくて、

相手が経済や相場に疎い素人だからと高を括っていました。

「最近ブラジルがいいらしいぞ」と言われたときはさすがに愕然としました。

大学生だってもっとマシなことを言うはずです。

同期のほうがずっと優秀でした。

これは本当に配属された支店や、どんな上司を持つかにもよると思うのですが、

私の上司はとてもではないけれど尊敬できる相手ではありませんでした。

怒鳴ったり脅かしたりするだけでマネージしていません。

でも彼曰く、証券会社という場所はかつて株屋と揶揄され、

お客様のお金の一部をちょろまかして自身の懐に収めてしまう人も実際にいたような場所で、

理屈で説明しても伝わらないので怒鳴りでもしないと動かない人もいるからあえてそうしているのだと言っていましたが、

だったら私には違う指導をしてくれればいいのにと思いました。

 

 

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細かい話をしたらきりがないので、まとめて書いたつもりです。

前回の記事に関連して学んだことを後述していきます。

 

 

・自立

総合職でなくたって、ここまで精神を削らなくても、

自立する方法はいくらでもあるということです。

生きるために働くのに、死にたくなってしまっては本末転倒です。

自立するとはどういうことなのかいまでもうまく説明できませんが、

戦うことにこだわっていたことを自覚できました。

辛くて仕方なかったけれど、せっかくつらい就職活動を乗り越えて入社した、

それなりに大きな会社を早々に辞めてしまっていいのだろうかと葛藤しました。

しかし追い詰められて辞めるころには「とにかく生きていければどこに勤めていようが、それがアルバイトでもなんでもいい」と思うようになったのです。

 

 

・性差別のない環境

男性と同じ条件下で競争する環境だったのは間違いないのですが、

結局お客様は「女性である私」を少なからず意識するわけです。

 いきなりスーツ姿の見知らぬ人間が訪ねてきた場合、

女性のほうが多少は警戒心を解いてくれるはずですし、

どうせ同じ株を買うなら女性の担当者に来てもらったほうが嬉しいと思う人も多いはずです。

自分の女性性から逃げることは無理で、

むしろそれに抗うより持っているものはなんでも利用するつもりで仕事したほうが楽だと思いました。

 

ある時上司が「女の子はマイナスイオン。ニコニコ笑ってくれていればいい。」と話していました。

実際、上司は女性の先輩たちの数字は頭数にいれていませんでした。

フェミニストの方々には怒られてしまいそうですが、

社会なんてそんなものだと思うんです。

 

よほど優秀でタフな女性じゃない限り、女性のことを男性をまったく同じように働かせようとは思っていないのだと悟りました。

そしてそれが別に、悪いことだとも思いません。

女性として生きることで享受できる恩恵を、

私が拒否してきただけだということを自覚したという点が大きな気づきでした。

 

 

・キャリアを積む

 どんなキャリアを積みたいのか皆目見当がつかなかった学生時代とは違い、

少なくとも一生営業職をやりたい場合を除けばここにいる理由はありませんでした。

専門的な知識は確かに必要でしたが、

現場で必要だったことは高度な知識よりも以下の項目のほうが大切でした。

 

- 心理戦に強くなること

- お客様の心情に敏感になること

- 精神的にタフであること(ストレス耐性が高いこと)

- フレームを確立してそれを応用し、ルーティーン化していくこと

(ベルトコンベアで流れてくる製品を組み立てていくのと要領は同じ)

 

どこの会社に行っても必要なことかもしれませんが、

でも別にここで学ぶことでもないなと。

これ以上に何かもっと学べること、経験できることが、

外の世界には広がっているのではないかと感じていました。

 

やったことがあるのは外回りや電話営業だけで、Office系はなにも使えません。

 証券会社の営業は営業職のなかでも特に厳しくどこでも転職できる、つぶしが効くといわれることもありますが、個人営業に限ったことだけ。

法人営業ならもっと転職先の選択肢も広がったはずです。

相手にするお客様のレベルが高ければ高いほど、営業の質も高くなければいけないし、その点からいってもリテール営業経験は汎用性が低いと感じます。

また、若いうちに事務の経験がないままでいると、ある程度年齢を重ねて事務職につくことは難しいということに転職活動中に気が付いたのです。

若いうちなら、若いというだけで採用してもらえるので職種を変えるなら第二新卒と呼べる今だけだと思いました。

 

 

他にも学んだことはたくさんありましたが、また違うテーマになってしまいそうなので割愛します。

こうして専門性も身に付けられず、自身の強みもよくわからぬまま、

1年と少しで会社を辞めてしまいました。

貯金も順調にいかず、せいぜい貯められたのは東京に戻るための引っ越し費用だけ。

行こうと思っていた海外留学どころではありません。

 

 

就職時に想定したことはなにもできず、イメージと現実は限りなく乖離していまい、

何より働くことが恐ろしくなり何から再びスタートしていいかまったくわからなくなってしまったのでした。

 

次の記事では2社目の経験について書いていきます。