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tokiohayley's blog

住所不定、東京インティライミ

社会人生活のこれまで⑨ー現在とやりたいこと-

大学を卒業して紆余曲折ありましたが、

26歳になる今年、やっと地に足をつけて、

現実的な思考とともに将来を描ける状態になれました。

 

遠くばかり眺めて、

足元の生活はそっちのけでした。

 

仕事を決めるときなど、私たちは節目節目で、

「あなたは何がしたいの?」と選択を迫られます。

でも、やりたいことがあるときばかりではありません。

それでも私たちは何かを選択しなくてはなりません。

何かをやるという選択、やらないという選択。

 

一番最初に何もしないという選択肢をとらずによかったと思いました。

綺麗な履歴書とはいえないけれど、何も書けないわけではありません。

いつも何かを学び、私にとって必要な挑戦をしてきました。

行き当たりばったりですがこれが私の生き方です。

どんなに賢く計画通りやろうとしたって、うまくいくことばかりではありません。

計画がうまくいかないことのほうが多いです。

(参照:2015.06.28 選択 - tokiohayley's blog

 

やりたいという気持ちは、考え出すものではなくて、

自然に湧き上がる感情です。

そんなものは安定したリズムの中でしか生まれません。

まずはその状態をつくることです。

仕事が忙しくて不規則な生活だったとしても、

一つの習慣として仕事があります。

継続して何か一つのことをやりつづけていると、

その生活に慣れてくるころにそこから少しずつ、

もっと何かをやりたいという感情が沸きあがってくるはずです。

 

それが仕事でなくても、何でもいいと思います。

趣味、例えばブログを書くでも、本を読むでも、筋トレでもいい。

毎日決まった時間に起きて寝るとか。

とにかく何か一つの活動を続けることです。

継続の中にきっと何かを見出すはずです。

好きとか嫌いとか、あとはもっとこうしたいとか。

 

やりたいことがないうちに慣れないことをやるには、

とてもストレスになります。

心が疲れていては何も考えれない。

疲れたら休む。

元気が出たらいきなり大きく動き出すのではなく、

小さな”回路”を作ることから始める。

(参照:2015.03.08 雑記 - tokiohayley's blog

 

そして年輪のように少しずつ回路を大きくしていく。

そんな風にして出来ることが少しずつ増えていくというイメージを持っています。

最初は焦って一度にいろいろやろうとして、

そのたびにつまずいて転んで疲弊していました。

 

思うようにならなくても、しょうがないのです。

どんなに情けなくても、惨めでも、人より劣っていても、

最初は小さな回路しかなくても別にいいんです。

大事なことは人と比べることよりも、

自分にとって心地よい生活を送ることです。

 

前置きが長くなりましたが、、、

いまはとにかく淡々と過ごすことにしています。

少しずつ出来ることを増やしていっている状態です。

前回の記事でも述べましたが、

やっとみぞおちあたりのズンとした重さが無くなりました。

一社目をやめることはそれに加えて、

喉の奥が詰まったような感覚がずっとあって苦しかったのです。

 

まだ遠くの青写真は描けませんが、

毎日を心地よく、淡々と過ごすことに集中しています。

落ち込んでいる人を励ませるほどの余力はあまりありません。

(この記事で勇気づけられたらとは思いますが。。)

今以上のお金につながるようにどうしたらいいのかという計画は立てていません。

 

たくさんの人に支えられて、助けられて、今の私があります。

前提として自分の足で立ち上がらなくてはいけないけれども、

でも全く一人というわけではありません。

どうやら、ときどき誰かに甘えて頼って、生きていくということでいいみたいです。

私と関わってくれた皆様に心から感謝しています。