tokiohayley's blog

毎日が、人生だ。

社会人生活のこれまで⑩ーブラックスパイラルと点と線-

「社会人生活のこれまで」シリーズは、最後の更新から約1年経った。

(参考:証券シリーズについて - tokiohayley's blog

ようやく過去の出来事を思い出話というか、完全に過去のものとして文章にできるようになった。思い出して、気持ちが引きずられることがなくなった。この状態になるまでかなりの時間を要したことになる。

 

久々に何か書こうと思ったのは、さきほどTwitterのTLを眺めていたらIT社畜時代に精神崩壊寸前で、突発的に職務放棄した方のエントリーが流れてきてたから。

nzmoyasystem.hatenablog.com

 

証券時代の思い出と、あとは思いついたことをだらだらとまとまりなく書いていこう。

負け犬の遠吠えと言われても構わない。私は私の感覚でしか、自分の経験を語ることができない。「そこに、私のほしいものはなかった」。これに尽きる。

 

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さして就職意欲もないまま、ここ最近で一番最後の就活氷河期のなかで、上場一部の証券会社に総合職として入社したあの時から5年経った。

2012年卒4月入社。一年と少しで退職し、紆余曲折あって2017年の4月に社会人6年目になる。

 

当初の目標だった米国留学も、いまとなってはほかの国でもいいのではないかとか、時期もすぐ行きたいという気分ではなくなった。

1年目から挫けてしまい這いつくばって出来上がった私の履歴書は綺麗なものではないけれど、ようやくわずかにまとまりを見せようとしている。

 

オフロードからオンロードに戻りつつあるいま、あのときの体験が実務で役に立っていることはほとんどない。電話の取り方くらいのものだろうか。だが、過去があって今があるとはよくいったもので、自分史上、最も底を経験したため絶望することもなくなったし、むしろ日々に感謝できる。前向きに取り組めている。

 

金融脱北した人たちが口をそろえて言う「あの頃よりマシ」というやつだ。ただ証券会社退職後は「あの頃よりマシ」ならどこでもいいという気持ちが強すぎて、結果的にオフロードに逸れてしまい「ブラックスパイラル」に陥った。ブラックスパイラルとは、現職の劣悪な環境と転職先の条件を天秤にかけたとき実際は対して現職と変わらないにも関わらず、現職があまりに酷いため異常に良く目に映ってしまうことで再びブラック企業に転職してしまい、それが続いて転々とすることを勝手にそう呼んでいる。

 

メンタルが病んだ状態では正しい判断はできないし、あの頃の私はまともに活字を読めないほどには病んでいたので破れかぶれで突き進んだのはまずかったと思う。ただ問題は、病んでいても、本人は気づけないところにある。毎日毎日おかしな環境に身を置いていると、最初はあきらかに違和感を覚えていても、そのうちそれが何の変哲もない日常に変わってしまうため素直な心の声が聞こえなくなってくる。

 

日系証券会社のリテールといえば、入社後3年で3割しか残らないというのが定説であるが、残っている人は仕事と割り切れる精神的にタフな人か、麻痺して壊れていることに気づけず走り続けている人くらいなもので、いまでも続けている人たちについては素直にすごいと思う。

 

確かに私は比較的人より精神的に弱いだろうけれど、朝7時半から汚い関西弁で怒鳴り散らしているのを毎日聞いていたら多少はおかしくなるんじゃないだろうか。私は怒鳴られるのが嫌いだし、人が怒鳴られているのを聞くのも好きじゃない。大学まで出たのに果たして私は何をしているんだろうと思うのは仕方のないことではないのか、それとも社会人というのは所詮「こんなもの」なのか。

 

お客様を開拓するのは本当に大変で、電話帳に載っている番号に片っ端から電話したり、アサインされた地域にある家という家に訪問して、あとはありったけの愛嬌と勢いで人間関係を築いていく。提案ではなく相談に乗るような形で金融商品を買ってもらうのだ。やっとこさ開拓した顧客も、年次が上がり新規開拓部隊から収益をあげる部隊になれば一度買ってもらった商品を無理やりにでも売って、コンプライアンスぎりぎりの期限でほかの商品に乗り換えさせることを繰り返してお客様の資産を減らしていくのを目の当たりにする。儲かるのは景気がいい時だけ。それでもお客様が儲かるのはほんの少しだけだ。

 

ここに居続けても特にやることに大きな変化はないし、いくら給与がよくてもスキルアップは望めない。ということは年をとればとるほど可能性は狭まっていく。管理職は怒鳴り散らすだけ。マネジメントなんて言葉、たぶん知らないんじゃないか。総合職で最初の配属で本社勤務になったメンツ以外で、本社に異動になったのは「辞めたい」といった人だけで実際何をやらせてもらえるのか不明だ。

 

そんなどこを向いても希望が見いだせない毎日の中で訃報が回ってきた。ある大きな支店の支店長が亡くなった。死因は心不全。まるでデスノートじゃないか。実際には、収益を上げられずヤクザ絡みの取引をしていたところ、どうにもいかなくなって詰んだのではないかとその支店にいる先輩の同期から噂が回ってくる。あと少し我慢して乗り越えられれば、アベノミクスで株価が倍になって収益も稼ぎやすくなったのに。

 

 となりの席の主査には「そんなことはよくあるよ」などと脅かされ、課長はフロント企業の社長と仲が良く転勤の際に10万円個人的にもらってラッキーだった、ヤクザは一般人にはよほどのことがない限り手は出さないのだと語っている。どうなっているんだ。大きな店だからそれだけ収益目標が高かったのだろうし、プレッシャーとストレスで心不全というのも想像に難くない。実際、身体を壊す人は多い。私も入社してから毎月の生理痛がどんどん重くなり、歩けないほどの激痛が走るようになった。

 

「お前もう少し痩せたらいいんじゃないか(もっと新規開拓できるのではないか)」などと平然と言ってくる上司。飲み会の席でお酌する先輩の腰に手を回す支店長。総合職ではない地元で就職した女性社員には「期待していない、お前たちはいわばマイナスイオン」だと漏らすのに私には「女支店長目指せ」とはっぱをかけてくる。だいたい、支店長になって何が楽しいのだろう。

 

朝居室の鉄製の分厚いドアを開けようとドアノブに手をかけると中から怒鳴り声が聞こえてくる。前日の収益目標が達成できなかったからまた怒っているのだろう。席に着くと、後ろのカーテンが少し壊れている。事務の女性に聞くと新入社員が退社したあと、支店長が暴れたようだった。机は叩く、蹴る、トロフィーまで壊れて事務の女性が接着剤を買いに行く。

 

まだ書こうと思えばいくらでも書けるのだけれど、あの日々を思い出してひどく恐怖したり、不安に襲われたり、苦しくなったりすることももうないので、ただただ懐かしい。私にとっては1社目での経験がいつも原点となり、そこからの自分の伸び率を見ている。そこからまた紆余曲折あっていまようやく点が線になりつつある。それも、ちゃんと辞めたからだ。心の声が聞こえるうちに、辞めることができた。

 

心が完全に壊死して10年以上働けなくなった人を何人も見たけれど、誰かと比べるのではなく、自分のキャパシティは自分がよくわかっているのだし、無理することはない。「ここでやれないなら、お前なんかどこに行ってもダメ」などと追い詰められても気にすることはない。そんなことをいう人は決まって、一社しか知らない。社会人とはなんぞやを自信満々で語れるのは、ほかの世界を知らないからだ。知っていたら、普遍的なことなどほとんどないことに気づけるはずだ。

 

続けても、辞めても、どんな選択をしたって、その結果を引き受けるのは自分であることは変わらない。辛かったら、辞めたらいい。違う方法を考えればいい。生きるために働くのであって、命を削って働くことではないことを忘れないでほしい。過労死や社畜なんというおぞましい言葉がいつか死語になることを祈りつつ、私なりの生き方・働き方を模索している。